古典試験問題を試作しました

次の文章は、日記文学とはずがたり」の一場面である。作者である中院大納言源雅忠の娘は後深草院に仕えている。問題文を読んで次の問題に答えなさい。

※青い字を押すとその語の注釈に飛ぶことができます。

さても、一昨年の七月に、しばし里に侍りて、参るとて、裏表に小さき州流しをして、中縹なる紙に水を描きて、異物は何もなくて、水の上に白き泥にて、「くゆる煙よ」とばかり書きたる扇紙を、上木の骨に具して、張らせに、ある人のもとへ遣わしたれば、その娘のこれを見て、それも絵を美しう描く人にて、ひた水に秋の野を描きて、 「異浦にすむ月は見るとも」と書きたるをおこせて、扇換へにしたりしを、持ちて参りたるを、先々の筆(※1)とも見えねば
「いかなる人の形見ぞ」など、(a)ねん頃に御尋ねあるもむつかしくて、ありのままに申すほどに、絵のうつくしきより始め、上の空なる恋路に迷ひ初めさせ給て、三年がほど、とかくその道芝いしいしと、御心の暇なく言ひわたり給へるを、いかにし給けるにや、神無月十日余日のほどに参るべきに成て、御心の置き所なく、心ことに出で立ち給ところへ、資行の中将参りて、「うけ給候し御傾城(※2)具して参りつる」よし案内すれば、「しばし、車ながら、京極面の南の端の、釣殿の辺に置け」と仰せありぬ。
初夜打つほどに、(1)三年の人参りたり。例の、「導け」とてありしかば、車寄せへ行たるに、降るる音なひなど、衣の音よりけしからず、おびたたしく鳴りひそめくさまも思わずなるに、具して参りつつ、例の昼の御座のそばの四間、心ことにしつらひ、薫物の香も心ことにて、入たるに、一尺ばかりなる櫓扇を浮き織りたる衣に、背裏の二衣に紅の袴、いづれもなべてならず強き(※3)を、いと着しつけざりける(※4)にや、かうこ聖がかうこなどのやうに、後ろに多く高だかと見えて、顔のやうもいとたはやかに、目も鼻もあざやかにて、美ゝしげなる人かなと見ゆれども、姫君などは言ひぬべくもなし。肥へらかに高く太く、色白くなど有て、内裏などの女房にて、大極殿行幸の儀式などに一の内持などにて、髪上げて、御剣の役などをつとめさせたくぞ見え侍し。
「はや参りぬ」と奏せしかば、御所は菊を織りたる薄色の御直衣に、御大口にて、入らせ給ふ。百歩の外と言ふほどなる御匂ひ、御屏風のこなたまで、いとこちたし。(2)御物語などあるに、いと御いらへがちなるも、御心に合はずやと思ひやられておかしきに、御夜になりぬ。例の、ほど近く上臥ししたるに、西園寺の大納言、明かり障子の外、長押の下に御宿直したるに、いたく更けぬ先に、はや何事も果てぬるにや、いとあさましきほどの事なり。さて、(b)いつしかあらはへ出でさせおはしまして召すに、参りたれば、「玉川の里」とうけ給はるぞよそも悲しき。深き鐘だに打たぬ先に、帰されぬ。御心地わびしくて、御衣召し替へなどして、 小供御だに参らで、 「ここ、あそこ打て」 など言いて、御寝に成ぬ。雨をびたゝしく降れば、帰るさの袖の上も思ひやられて。
まことや、明け行くほどに、「資行が申入し人は、何と候しそら(※5)」と申す。「げに、つやつや忘て。見て参れ」と仰せあり。起き出でて見れば、はや日差し出づるほどなり。角の御所の釣殿の前に、いと破れたる車、夜もすがら雨に濡れにけるもしるく、濡れしほたれて見ゆ。あなあさましとおぼえて、「寄せよ」
と言ふに、供の人、「門の下よりたゞ今出でて、差し寄す。見れば、練貫の柳の二衣、花の絵描きそそきたりけるとおぼしきが、車洩りて、水にみな濡れて、裏の花、表へとほり、練貫の二小袖へうつり、さま悪しきほどなり。夜もすがら泣き明かしける袖の涙も、髪は、洩りにやあらん、又涙にや、洗ひたるさなり。「この有さま、なかなかに侍り」とて、(3)降りず。まことににがにがしき心地して、「我もとに、いまだ新しき衣の侍るを着て、参り給へ。今宵しも大事の事有て」など言へども、泣くよりほかの事なくて、手をすりて、「帰せ」と言ぶさまもわびし。夜もはや昼になれば、まことに又、何とかはせんにて、帰しぬ。
ここに書いてあるやつのよしを申すに、「いとあさましかりける事かな」とて、(c)やがて文つかはす。御返事はなくて、「浅茅が末にまどふささがに」(※6)と書きたる硯の蓋に、縹の薄様に包みたる物ばかり据へて参る。 御覧ぜらるれば、 「君にぞまどふ」 と、彩みたる薄様に、髪をいささか切りて包みて、
(4)数ならぬ身の世語りを思ふにも猶悔しきは夢の通ひ路

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※青い字を押すとその文字に戻ることができます。

※1 先々の筆・・・見慣れている筆さばき
※2 傾城・・・美女
※3 強き・・・糊気が強い
※4 着しつけざりける・・・「着しつく」で着慣れる
※5 何と候ひしそら・・・どうしておりましたかしら
※6 浅茅が末にまどふささがに・・・浅茅の先端で風に吹き惑わされている蜘蛛の糸のように、心乱されています

■(1)次の語句の文中での意味として最も適するものをひとつ選びなさい。
(a)ねんごろに
①丁寧に②しつこく③長い時間
(b)いつしか
①いつの間にか②いつだったか③はやくも
(c)やがて
①しばらくして②すぐに③いやいやながら
■(2)下線部(1)に関して「3年の人」とはどういう人か説明しなさい。(2センチ×15センチ)
■(3)下線部(2)に関して
1.言葉を適宜補って現代語訳しなさい。(3センチ×15センチ)
2.なぜ作者は「おかしく」思ったのか説明しなさい。(3センチ×15センチ)
■(4)女が車から降りてこない理由として最も適するものを次から1つ選びなさい。
①雨で元々美しかった車がボロボロになったことに悲しんでいたから。
②女は雨と涙で酷く汚れており、このまま参上するとかえって失礼になると思ったから。
③いまから戻っても無理だろうと諦めていたから。
後深草院に気に入られず、落ち込み悲しんでいたから。
⑤せっかく呼ばれたのに気に入られず怒っていたから。
■(5)下線部(4)の和歌を分かりやすく説明しなさい。なお、「夢の通い路」とは、後深草院と結ばれることを女が期待していた、ということである。
■(6)次の本文の説明について正しいものを1つ選びなさい
後深草院に見せた扇には、「くゆる煙」と書いてあった。
後深草院は急に3年前の女のことを思い出した。
後深草院はとても念入りに身づくろいをして、女と会った。
④作者は、女が車から降りる時に女の服のこすれる音を聞いて不吉に思った。
⑤女が帰った後、女には「いとあさましけることかな」という内容の手紙が送られた。
■(7)「とはずがたり」より後に成立した文学を次からひとつ選びなさい。
十六夜日記
源平盛衰記
方丈記
平家物語
保元物語

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